1話 ネコ時々ヒト

(プロローグ)

わたしはネコ。

時々ヒトである。

なぜそのような事になってしまったのかは、

込み入った話になりそうなので追々。

 

現今は、御主人のお家で飼われネコとして暮らす日々。

御主人は、喫茶店に勤めるメイド服に似た制服の可愛い娘。

わたしはオスの分際であるが、

ネコであるからして若き女人の住処でのうのうと生活を送る。

多分、御主人と2、3歳ほどしか齢は変わらないはず。

わたしがヒトになったならば、

御主人は即退去命令を促すに違いない。

けれど、現在共に暮らして3か月。

わたしの身体にそれといって変化はない。

ネコのままだ。

 

色々と苦労もあるが労働も気兼ねも世間の世迷言もどこへやら

脳の小さきに相まっていらぬ事は考えぬで生きている。

御主人のご機嫌を取れば、その日一日は全て済まされる。

ネコとヒトの契約とは、このようなものかと感極まるのである。

御主人は、仕事から帰ってくるとメイド服のままで忙しそうにパタパタ走り回る。

コバンザメがクジラの背に張り付くように

「御主人~。御主人~。」とわたしも足下を駆け足する。

リビングの丸炬燵の上に珈琲とケーキが用意される。

わたしはヒトの身の頃、珈琲などは缶コーヒーの味しか知らなかったけれど、

毎日丸炬燵の上に置かれた珈琲セットを食すことで

もう缶は飲めぬと思ったものである。

ここで猫舌については論じない。

御主人は、ケーキを口に運びパクリと食す。

「はぁ~。」とため息ついて、「幸せ~。」と溢す。

わたしはネコとして御主人とともにそんな毎日を送る。

大して期待しない事。

どこにでもある光景。

だけど、ネコであるからして特異である。

 

忙しさに目を回し疲れ、

人間関係に嫌気がさし、

夢や希望を見失いかけた時、

ここを訪れてくれれば心安らぐ何かが在ると想う。

それは御主人とわたしが送る何気ない日常。

ささやかで消え入りそうな毎日の出来事。

記憶の断片を掘り起こせば誰にでもあるショートカット。

わたしたちの自我や人格の形成は、

すべて儚い現象の上に成り立っている。

これから先どうなるのかは、神さまにも誰にも分からない事。

けれど、ヒトの身であったわたしがネコになってしまった日常を

ここに綴りたいと思う。