Cat_Anecdotes100 -story 004-

をりしりネコの黒兵衛

毛は黒くボサボサ。
瞳は目脂だらけ。
ところどころ傷の痕が生々しく、唇は乾き、鳴き声は濁声。
ずいぶん足腰も弱りきって、なかんずく猫の俊敏な動きを思わせない風体。
この老齢ネコ。
名前を黒兵衛という。

巷で持て囃されるネコ達とは、大違い。
愛嬌もなく、かわいくもなく、美しくもなく、血統種でもない。
そんなネコのお話。

このネコの住処は、市道沿いにあるうらぶれた団地にある。
淀んだ用水の袂近くの一番奥の住人に半飼われされている。
団地は小高い山の裾野に点在するため、日没の訪れ早く、なにやらジメジメと湿気漂う。
そんな場所である。
涼しげな風が山の斜面から注ぎ込む折、黒兵衛の夕飯が訪れる。
齢50~60だろうか。
パジャマ姿のおばちゃんがボコボコに歪んだステンレス皿をもって「黒兵衛ー!」と裏返った擦れ声で呼ぶ。
黒兵衛はといえば・・・。
おばちゃんの足下。
濁声で「ンニャ~ゴ」と返事。
目の前に居るのに呼ばれる。
普通、ヒトであればしどろもどろするところである。
しかし、黒兵衛はチョコンとお座りして「ンニャ~ゴ」である。
おばちゃんは、「黒兵衛そんな所にいたの!ご飯ですよ!」と一通り犬に躾けるが如く
「お座り!(すでにしている黒兵衛)、お手!、おかわり!」と連呼する。
こういった具合でも黒兵衛は、一連の動作を難なくこなす。
なかなか賢いネコなのであろう。見栄えはともかく。
しかしである。
おばちゃんは、次なる試練を黒兵衛に与える。
団地と隣家を挟む塀がある。
高さ1m40cmほど。幅10~11cmの塀の上に餌の入った皿を置くのである。
「黒兵衛!ジャンプ!ジャンプ!」。
黒兵衛はといえば「・・・ンニャ~ゴ」。
おばちゃんは、それでも「ジャンプ!ジャンプ!」と強要する。
黒兵衛はあいかわらず「ンニャ~ゴ」。
つまりは、跳べないのである。
本来のネコの跳躍力。
黒兵衛にはもうそれがないのである。

そんな風におばちゃんの執拗なまでの酷い仕打ちが続く中、ひょっこり塀の端の茂みから、黒斑のネコが「ニャ~」と鳴きながら現れる。
おばちゃんは、そのネコを見遣ると皿を塀の上に置くなり、「黒兵衛!あんたがそんなだからこの猫に食べられちゃうよ!」と捨て台詞を残し、家の中に帰ってしまったのであった。
斑ネコはイソイソと餌の方へ近づく。
取り残された黒兵衛は、頭上真近に置かれた皿と斑ネコを茫然と見つめるしかなかった。
空しく「ンニャ~ゴ」である。
団地から少し外れた草原。
生活排水の垂れ流れる音と山の方からは遠く蜩がこだまする。
枯れたススキが生い茂る場所。
黒兵衛の餌の入った皿をくわえて斑ネコが草原に到着する。
そして、皿に顔を埋め食す。
ずいぶん腹が減っていたのだろう。
勢い喉に流し込む音が聞こえてきそうである。
斑ネコの食す傍らには、もう一匹のネコ。
むしゃむしゃ。

「もちろん、皿はおまえが持って帰れよ」と斑ネコ。
「ンニャ~ゴ♪」と黒兵衛。
共に食す姿に感慨あり。

2008.9.18.